日本の原点の原点は里山にない

「日本の原点は里山にある」と言う話を以前にしましたが、考古学的に見ると必ずしもそうとは言えないようです。なぜなら、稲作で生活をしていたとみられる民族の跡地は、主に海沿いの低湿地から多く出土しているのです。もちろん、内陸部からも出土しておりますが、時代から言うと海岸部の方がより古く、最初は海岸沿いに広まったと考える方が辻褄が合うようです。

海岸沿いの湿地帯で農業を行う、というのは果たしてどうなんでしょう?海が荒れて塩をかぶってしまえば当分栽培はできなくなりますし、大雨で川が氾濫すれば、これまた水浸しになってしまいます。現代でもこういった災害は耳にしますから、なかなか難しい栽培法だったんじゃないでしょうか。

当時の人たちもそれに気づいて徐々に内陸部に移動していたのではないでしょうか?なるほど、考えてみますと「山がちで川の流れは早い」というのが日本の自然の特徴ですね。渡来直後は大陸風に海岸沿いの湿地帯で稲作を始めてみたものの、案外日本の自然環境にはふさわしくないと言うことに気づいて、時間をかけてローカライズしていったんでしょう。とは言え、日本には縄文人という先住民がおりました。彼らの方が圧倒的多数だったので、強引には征服できません。おそらくは、彼らと混血を繰り返しながら進んでいったと思われます。

それを聞いて、ピンとくるものがあります。古事記にある海幸彦と山幸彦の兄弟の話です。

兄である海幸彦は自分の釣り針を弟の弓矢と交換しようと持ちかけます。兄は弓を持って山に出かけますが、狩りには失敗しました。弟も釣竿持って海に出かけますが、次には失敗しました。しかも兄から借りた釣り針を海になくしてしまったのです。それを兄からなじられた弟は海に潜って釣り針を探し当てただけでなく、潮の満ち引きを操作できる魔法の珠を手に入れ、嫁さんまでゲットするというビックチャンス。しかも、海神から田んぼの作り方から兄の懲らしめ方まで教えてもらうというお土産付き。まぁ、ウィキペディアの方が詳しいのでそちらに当たってください…。この後、弟は魔法の珠で兄の田んぼを干上がらせて苦しめ、飢餓に苦しんで狼藉を始めた頃に懲罰として魔法の珠で今度は水浸しにしました。

ここでいう兄弟は暗喩で、兄とは渡来していち早く海沿いで稲作を展開した初期弥生人で、弟とは縄文人との混血を繰り返しながら里山農法を模索した新弥生人の事では無いでしょうか。海沿いの湿地帯は水の制御が難しく、日照りや干ばつに苦しめられたので勢力が衰えてしまった。一方、農法を日本の気候風土に合わせてローカライズすることができた後発の山の部族が勢力を伸ばした。

案外辻褄はあいますよね。

史話・日本の古代〈第1巻〉日本人はどこから来たか―日本文化の深層 (史話日本の古代)

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稲作渡来民 「日本人」成立の謎に迫る (講談社選書メチエ)

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