始皇帝の操縦テクニック

戦国時代末期に韓非子という天才学者が現れました。始皇帝に密告制度を吹き込んだのも実は彼です。

彼は儒家の中では比較的異端に分類される荀子に学びました。儒家の中で孟子性善説を説いたのに対し、荀子性悪説をときました。儒家としては、人の良い面を伸ばすことで社会を良くしたいので荀子の考えは儒家らしくはありませんでした。韓非子はその荀子に学びながらも、派閥としては法家に当り、しかも著書の中に道家の経典である老子からも思い切った引用するなど、利用できるものは何でも利用するというその姿勢は、まさに異端中の異端でしょう。

法家というのは法治主義者です。今の日本は法治主義なので、法律を守ることは日本人にとっては当たり前ですが、必ずしも法律が全てでは無いのが中華スタンダードです。中華の場合徳治主義というのがありまして、まぁ儒家は主にこれにあたりますが、法律よりも優先するものがあるという考えもあるのです。例えば、儒教では親の恩は絶対なので、親が殺されるようなことがあった場合、子供は速やかに仇討ちせねばなりません。親の無念を晴らすために復讐するのは当たり前なのだから仇討ちによる殺人は違法では無い、といった具合です(愛国無罪も多分同じ理屈です)。韓非子儒家に学びましたが、このような道徳は完全に否定して、法治原理主義とも言える程に法治主義の実現に情熱を燃やしました。始皇帝といえば焚書坑儒ですが、彼が儒家を嫌ったのは儒教の考えが法治主義と一致しないところにあります。

彼は勇気をふるって(彼の理屈では賢者は王様に面会するのは命がけになります)始皇帝に面接を求めましたが、結局採用に至らず。それどころか同窓生の李斯から讒言されて獄中死すると言う不遇な結末でした。しかし始皇帝の政治を見ると韓非子の影響がありありと見られ、採用はしなかったものの、こっそりと韓非子から学んだのだろう、というのが大方の予想です。

人は自分の利益が最も最大になるように行動する。

そう喝破したのは韓非子でした。だから人を操縦するには利益を見せて欲望を刺激するのが1番です。ですが、韓非子が言うには、これだけでは足りません。甘い言葉だけでは動かさない者もいるからです。このような連中には罰で脅せというのが韓非子流の操縦テクニックです。これを韓非子は「信賞必罰」という4字熟語にしました。

利益を見せ付けて優しく誘導し、それに従わないなら容赦なく処罰する。いわゆるヤクザのやり口ですね。戻れば損、進めば得、となれば誰もが進むのが人情です。こうやって否応なしに人々を自分が望むような競争のレールに乗せるのが始皇帝の操縦テクニックです。

では操縦されないためにはどうすれば良いのでしょう?
それは欲望に踊らされず刑罰も恐れず操縦者の誘いを蹴飛ばして山にこもってひとりで暮らすことです。こういう者は支配者にとって要注意です。こんな人が増えるとやがては民衆全体が支配者のコントロール範囲内から離れてしまうので、速やかに処分しなければなりません。

まぁ、悪いやつらの手口とはだいたいこんなもんです。そういえば、日本のどこかのリーダーに法律家出身で信賞必罰が大好きで、公務員を痛めつけることで人気を取っている人がいましたね。法律を勉強したインテリなら『韓非子』くらいは読んでいるんだろうな。いや、その割にはこちらに進みなさいという褒美を示さないので、ちょっと違うのかな。