第七章 其の身を後にするも身は先んじ、其の身を外にするも身は存ずる。

原文

天長地久。天地所以能長且久者、以其不自生、故能長生。
是以聖人、後其身而身先、外其身而身存。非以其無私耶、故能成其私。

訓み下し文

(てん)(なが)()(ひさ)し。天地(てんち)()(なが)(かつ)(ひさ)しき所以(ゆえん)(もの)は、()(みずか)(しょう)ぜざるを(もっ)て、(ゆえ)()長生(ながい)きす。
(これ)(もっ)聖人(せいじん)は、()()(あと)にするも()(さき)んじ、()()(そと)にするも()(そん)ずる。
()無私(むし)なるを(もっ)(あら)()(ゆえ)()()()()す。

解釈

自然現象がいつまでも力を失わないのは、保身を考えないからだ。

だから聖人は、一歩退くことで却って先に行くことができ、自分のことなどどうでもいいかのように人を優先することで却って存在感が出る。それは自分のことを考えないからではなかろうか。それでこそ、自分というものが生きてくるのだ。

備考

地球の寿命がどうこうという話ではない。自然が永劫に続くのは我欲がないから。もし、自然が水を惜しんで雨を降らせるのを止めれば、たちまち河は枯れ海は干上がるに違いない。第三十九章なんかはそんな話なのではないか。

聖人が偉大な理由は自然と同じように損得勘定で動かないからだ。人に尽くすその姿は第八十一章に出てくる。

この章の目的は第二章で出てきた相対的な考えを極論してみること。無いことで有ることがわかり、有ることで無くなることを導いた。そこから無くしてしまった方が存在感が出ることを訴えている。

後其身而身先
同じような戒めが第六十六章にも出てくる。第六十七章では先に出るなと禁止している。
一歩引いたところから自分を客観視することで自己批判すると考えても結論は変わらない。そちらの方が現代に馴染むだろう。

外其身而身存
自分を外に出しても存在はなくならない。度外視するといった感じか。
組織の構成員が部外者の視点で自己批判すると考えてもよい。

非以其無私耶、故能成其私。
自分をなくした方が自分らしさが出る。そういうケースを身の回りから探してもいいかも。主語は聖人。聖人は万人を平等に愛して人に尽くすのが好きだったから聖人として名前が残った。

テーマ

聖人の心得

ヒント


(かつ|まさに)

さらに、その上に。
まさに〜せんとす。

熟語(4種/4回)

是以 聖人 天地 所以

ルビ無版下し文(コピペ用)

天は長く地は久し。天地の能く長く且久しき所以の者は、其の自ら生ぜざるを以て、故に能く長生きす。
是を以て聖人は、其の身を後にするも身は先んじ、其の身を外にするも身は存ずる。
其の無私なるを以て非ず耶、故に能く其の私を成す。