第四十六章 足るを知らざるより大なる禍は莫く

原文

天下有道、却走馬以糞、天下無道、戎馬生於郊。
罪莫大於可欲、禍莫大於不知足、咎莫大於欲得。
故知足之足、常足。

訓み下し文

天下(てんか)(みち)()れば、走馬(そうば)(しりぞ)けて(もっ)(ふん)させ、天下(てんか)(みち)()ければ、戎馬(じゅうば)(こう)(しょう)ず。

可欲(かよく)より(だい)なる(つみ)()く、()るを()らざるより(だい)なる(わざわい)()く、()んと(ほっ)するより(だい)なる(とが)()し。

(ゆえ)()るを()るの()るは、(つね)()るなり。

解釈

天下が道で治められているなら、伝令の早馬は農耕馬として使われるようになるだろう。天下が道で治められていないなら、農耕馬は戦車の馬として国境付近で飼育されるようになるだろう。

欲望を見せびらかして他人を煽ることより大きい罪はなく、満足を知らないことより大きな災いはなく、欲しがることより大きな過ちはない。

だから、足りているという気持ちが足りていることで、毎日を充実させるのである。

備考

心の充足について。

同じ道具であっても、人によって使い方が違う。「養うために使うこと」と「奪い合いに使うこと」である。
そこで悪い使い方を三つ挙げた。
欲望にはキリがないが、足りたと思うだけで案外足りてしまうものだ。いい使い方ができないまでも悪い使い方をしないくらいは心がけておくべきだろう。

天下有道、却走馬以糞
馬を上手に使う例。

天下無道、戎馬生於郊
悪く使うと奪うために利用される。

罪莫大於可欲
もっとも悪いことは欲しい物を何でも手に入れる姿を見せて手本となること。他人を煽ることは欲望を連鎖的に増幅させる。戦犯でも煽る罪は重い。罪だから処罰の対象となりうる。

咎莫大於欲得
次が手に入れてやろうと欲を出すこと。何としてでも欲しいと思うといずれは過ちを犯してしまう。優先順位的にはこちらが高いので二番目の句と入れ替えた。

禍莫大於不知足
第二句であるが、最後に持ってきた。満足さえ知っていれば欲は出ないのだから、ここに注意すべき。たとえ合法であろうと手に入るものを何でも手に入れる習慣があると気付かぬ間に不幸がやってくる。

ヒント


戎馬(じゅうば)

戦車をひくなど、戦争で使う馬。

走馬(そうば)

伝令などに使う早馬。


(とが-める)

過失。過ち。

(しりぞ-ける)

引っ込める。取り下げる。

(フン)

動物の排泄物。

(コウ)

街の外。
中国の街は城壁に囲まれた内側を国とするから、郊といえば実行支配的な地域であり、国境付近となる。

(ザイ)

犯罪。

熟語(4種/6回)

天下 知足 戎馬 走馬

ルビ無版下し文(コピペ用)

天下に道有れば、走馬を却けて以て糞させ、天下に道無ければ、戎馬郊に生ず。

可欲より大なる罪は莫く、足るを知らざるより大なる禍は莫く、得んと欲するより大なる咎は莫し。

故に足るを知るの足るは、常に足るなり。